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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)142号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金二四四万六八九三円及びこれに対する昭和五五年八月五日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被控訴人

主文同旨。

第二  当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  付加訂正

1  原判決三枚目表七行目から九行目までを「訴外会社は前記債権譲渡通知の後同年八月八日頃、控訴人の融資義務不履行を理由に右債権譲渡を解除し、その頃被控訴人に対しその旨通知して来た。もつとも、訴外会社は被控訴人に対し同年九月一日頃右解除通知を撤回する旨通知して来たが、一旦行つた契約解除の取消はできないから右撤回通知は無効である。」と改める。

2  原判決三枚目裏二行目の「一一月四日」を「一一月一日」と訂正し、同六行目の「(同年九月一日」から一〇行目の「通知して来ている)」までを削除する。

3  原判決四枚目表八行目の「その余は不知」の後に、「控訴人には債務不履行の事実はないから、訴外会社の契約解除は無効であり、訴外会社の被控訴人に対する解除通知とその撤回通知はいずれも法律上無意味である。」を加える。

4  原判決五枚目表一行目の「第一一号証」の次に「(甲第一〇号証は写。)」を加え、同七行目の「第二、第三号証」を「第二号証、第三号証の一ないし三」と改める。

二  控訴人の当審における追加陳述

1  債権の準占有者について

訴外会社は被控訴会社に対し昭和五四年六月二八日頃到達の内容証明郵便(乙第一号証)をもつて、訴外会社の控訴会社に対する債権譲渡を通知したから、控訴会社は譲受運送代金債権につき第三者に対する対抗要件を具備したのである。したがつて、訴外石川が右運送代金債権の一部につき右到達の日より後の同年八月一五日仮差押決定を、また同年一一月一日債権差押並びに取立命令を得てこれらがその頃被控訴会社に送達されたとしても、控訴会社は訴外石川に対し譲受債権が控訴会社に属することを対抗することができ、控訴会社が唯一の債権者であるから、被控訴会社の訴外石川に対する弁済は債権の準占有者になした善意の弁済ということはできない。

2  被控訴会社の善意・無過失について

仮に被控訴会社は訴外石川が債権者であると信じたとしても、そう信じたことには注意義務を怠つた過失がある。すなわち、被控訴会社は、訴外会社から昭和五四年八月八日付譲渡解除通知書(乙第二号証)を受領したのに続いて同年九月一日付撤回通知書(乙第五号証)を受領したのであるから、債権譲渡及びその解除の真否につき疑惑を懐き、訴外会社のみならず債権譲受人である控訴会社に対し照会その他の方法で真否を調査すべきである。その後控訴会社から同月二八日付支払催告書(甲第七号証)による支払請求を受けたにもかかわらず、被控訴会社は同年一一月一二日付通知書(甲第八号証)をもつて控訴会社に対し「複雑な事情」があるから支払に応じられない旨を回答したにとどまり、控訴会社につき調査することなく同月二一日に至り訴外石川に対し支払をしたものである。このように債権譲受人に対する調査を怠つたため債権譲渡が不実であるか、解除されたものと信じたとしても、そのように信じるにつき過失があり、被控訴会社の訴外石川に対する弁済として有効視できない。被控訴会社と同じ立場に立たされた訴外楢崎運輸株式会社は、控訴会社と訴外石川のいずれが債権者であるか確知できないとして供託しているが、右供託の措置を採ることが一般通常人の法律知識及び判断に合致するものというべきであり、被控訴会社は過失の責任を免れない。

三  被控訴人の当審における追加陳述

1  債権の準占有者について

訴外石川は札幌地方裁判所の発した債権仮差押決定及び債権差押並びに債権取立命令を得た債権者であるから、債権者の外観をそなえた債権の準占有者と認められるべきであり、このことは債権譲渡における対抗要件の優劣によつて左右されない。

2  被控訴会社の善意・無過失について

被控訴会社が訴外石川を債権者と信じた点には過失がなく、被控訴会社が本件で供託の法律知識を有しなかつたことをとらえて過失があるとの控訴人の主張は失当である。供託制度の存在は、法律家又は大学法学部卒業生程度の高度な法律知識に属するのであり、一般通常人の知識には属さない。控訴人主張の訴外楢崎運輸株式会社が供託をしたのは、同会社が大会社で法律家の指導を受けたからであると推測される。これに反し、被控訴会社は、弁護士のいない江別市にある零細会社であり、供託の知識を有しなかつたことを過失と評価するのは妥当でない。これに加え、(1)被控訴会社は訴外会社代表者杉村喜三郎から、控訴会社の資金援助契約の債務不履行を理由とする債権譲渡契約解除の経緯を直接聞かされ、解除の理由があることに疑問を懐く余地がなかつたこと、(2)訴外会社代理人猪狩弁護士より正式の解除通知書を受領したから、弁護士の行う解除に間違いはないと信じたこと、(3)次いで札幌地方裁判所から仮差押命令の送達を受け、裁判所の公権的判断に間違いはないと信じたこと、(4)その後猪狩弁護士から契約解除の取消通知を受け、訴外会社代表者杉村に連絡を取つたが不在であり、訴外会社が身売りした事情も加わり、被控訴会社は手詰りであつたこと、(5)次に札幌地方裁判所から債権差押並びに取立命令の送達を受け、右命令を得た債権者訴外石川代理人入江五郎弁護士から再三支払の請求があり、被控訴会社は、裁判所が慎重なる裁判の結果再度にわたり下した命令ならば、間遣いはないものと信じ、また入江弁護士から熱心な催告を受け弁護士ならば嘘はあるまいと信じたから支払いをしたこと、(6)一方控訴会社は、右仮差押命令が発せられたことを知りながら、ただ支払催告の書面を送付しただけで、供託を求めるなり、訴外石川に優先する債権者であることを主張したり、或いは訴訟を提起する措置をとらず漫然と時を過ごし、この間に被控訴会社が訴外石川に支払つてしまったのであるから、これらの事実関係を考慮すれば、債権差押並びに取立命令を得た訴外石川に対する被控訴会社の弁済は民法四七八条により債権の準占有者に対する善意・無過失の弁済として保護されるべきである。

四  証拠関係(省略)

理由

一  当裁判所もまた、当審における新たな証拠調の結果を参酌しても、控訴人の本訴請求は原判決が認容した限度で正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決五枚目裏五行目から九行目までを次のとおり改める。

「そこで被控訴会社の抗弁及び控訴会社の再抗弁について判断する。

成立に争いがない甲第四、第六、第八、第九、第三一号証、乙第一ないし第七号証、官署作成部分の成立は争いがなく、その余の部分は原審における控訴会社代表者本人尋問の結果により成立が認められる甲第五、第七号証、原本の存在及び成立に争いがない甲第一九、第二一号証、第二六ないし第二八号証、前示控訴会社代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証、第三号証の一ないし三、前示甲第二六号証により成立を認める甲第二五号証、原審証人吉田広の証言、前示控訴会社代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に」

2  原判決六枚目表二行目から三行目にかけて「一一月四日」とあるのを「一一月一日」と訂正する。

3  原判決六枚目裏八行目の「訴外会社代表者の訪問を受け」とあるのを「訴外会社代表者武内茂から電話を受け」と改める。

4  原判決七枚目裏一行目の「こともなく、」の次に「昭和五四年九月二八日頃支払催告書(甲第七号証)をもつて支払請求をした後は」を加える。

5  原判決七枚目裏七行目冒頭から九行目の「いうべきところ」までを次のとおり改める。

「右争いのない事実及び認定の事実によると、訴外会社が控訴会社に対しなした債権譲渡契約の解除は、解除原因たる控訴会社の債務不履行の事実が認められないから無効であるばかりでなく、債権譲渡契約の解除に伴う債権の訴外会社に対する復帰について控訴会社から被控訴会社に通知がなされた事実の主張、立証がないから、被控訴会社は控訴会社が債権者たる地位を失つたことを主張することができないことが明らかである。したがつて、控訴会社と訴外石川の債権者両名の対抗関係は、訴外会社が昭和五四年六月二八日頃被控訴会社に到達の内容証明郵便すなわち確定日付のある文書による債権譲渡通知の日時と訴外石川が札幌地方裁判所の仮差押決定を得て同年八月一五日頃これが被控訴会社に送達された日時の先後によるものと解すべきであるから、控訴会社が唯一の債権者であり、訴外石川の得た仮差押決定及びこれに続く本差押並びに債権取立命令は、最早訴外会社に帰属しない債権を執行の対象としたもので控訴会社に対してはその効力を主張しえない意味において無効であつたといわなければならない。そこで、」

6  原判決八枚目裏八行日の「本件においては」を「前認定の被控訴会社が訴外石川正三に弁済するに至つた経緯に照らして考えると、被控訴会社か控訴会社につき特段の調査をしなかつたとしても、」と改める。

二  したがつて、原判決は正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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